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「好きなことで、生きていく」と「仕事をしたくない」は違う!

投稿日:2018年8月29日 更新日:

「好きなことで、生きていく」

という言葉が流行ったのはYouTuberの存在が一般に認知されるようになった頃からです。

会社の人と対面してこの言葉を言うと

「社会はそんなに甘くない」
「現実から逃げている」

などと、まるで犯罪者を見ているような目で言われます。しまいには、

「仕事は辛いだろうけどお前のためを思って言ってるんだぞ」

とありがた迷惑な説教をする人もいます。

この言葉を聞くたびに私の頭の中は“?”で埋め尽くされます。

私は「仕事をしたくない」と言ったわけではありません。

ですが説教をしてくる人は「仕事=嫌いで苦痛で我慢するもの」と勝手に定義し、社会常識とさえ思っています。

なので「好きなことで、生きていく」=「仕事をしたくない」=「遊んで暮らしたい」という方程式が頭の中で作られていき、説教になります。

私はこの考えを真っ向から否定します。

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「好きなことで、生きていく」は「仕事をしたくない」ではない

これを解説していくには、会社の新入社員の話をしなくてはいけません。

なぜなら、私の実体験として現在よりも新入社員の頃の方が「好きなことで、生きていく」という感情が強かったからです。

またそれは私だけではなく、新卒一括採用の就職活動を経験した人ならだれでも思っていることだからです。

若者は「希望」を持って就職する

「好きなことで、生きていく」というのはとても前向きな言葉です。

例えば就職活動をしている大学生が面接で

「人に役に立つことが好きで、この会社を志望しました。」

と言ったら、後ろ向きな言葉なのでしょうか?

とても前向きな言葉ですよね?

どこにも「遊んで暮らしたい」という要素はありません。

大学生が就職活動をしているときには、労働条件だけで会社を決めません。

新卒一括採用の就職活動をしている人は、「好きなこと」を仕事で実現したいと思っています。

自分の「好きなこと」=「希望」を考えて、実現できる仕事について調べて業種を決め、実現できる会社を探すのです。

そうして新卒一括採用で入社した社員は前向きな気持ちと希望に満ち溢れた目をしています。

しかし入社して2年も経つと、なぜか一様に死んだ目をするようになるのです。

若者の「希望」を「絶望」に変える現代の職場環境

若者が死んだ目をするのは「希望」が「絶望」に変わったからです。

現代の日本企業は、インターネットが無い頃からの旧態依然の縦社会の文化が根付いてます。

この縦社会文化は新入社員に新人だから、若いのだからと下積みの仕事を行わせます。

その下積みの仕事というのは、「希望」とは程遠いもので誰にでも出来るような仕事、言わば雑用です。

しかし上司世代の人は、それが常識と教え込まれて下積み時代を過ごしたために、そういった「新人の下積みは常識」といった固定観念をもっています。

新入社員にとっては「希望」を持って入社した職場なのに、下積みによって「希望」の仕事が出来ない。

そして感じるのは「希望」を叶えられるのは何十年先になるか、もしかしたら一生「希望」を叶えられないかもしれない、という恐怖です。

これが「絶望」になるのです。

「絶望」を捨てて「希望」を探す若者

上司世代が新入社員であった一昔前までは、会社に「絶望」してもそこを離れる方法はありませんでした。

それは閉鎖的な地域で生きていたので「転職するのは甘え」「あいつは逃げた」と噂や評価が広まりどこにも居場所がなくなるからです。

しかし現代は、インターネットにより地域、世代、所属を越えて情報を交換できる時代です。

子供~大学生時代までインターネットに触れてきた若者にとって、何かを調べることはとても簡単なことです。

「絶望」した若者は会社を捨てる決断をし、「希望」を実現できる場所を調べ出します。

ようやく話が戻りますが、こういった経緯で「好きなことで、生きていく」という発言につながるのです。

ここまでを読んでいただいたのならば、「好きなことで、生きていく」は「仕事をしたくない」という逃げや甘えの発言でなく、むしろ「好きな仕事をしたい」という強い気持ちの言葉であり、とても前向きな発言であることが分かっていただけたと思います。

「好きなことで、生きていく」を実現出来る時代

現代は、好きなことで生きていくことが出来ます。

それは科学や産業の発展やサービスの充実により会社でしか出来なかったことの多くが、個人でも出来るようになったからです。

例えば世の中に面白い動画を発信したいという「希望」があったとします。

一昔前までは、テレビ局に入社して下積み時代を送り、40~50代の年齢になってディレクターやプロデューサーの立場まで上がってようやく実現出来ました。

しかし今は、個人でスマホで撮った動画をパソコンの編集ソフトで編集してYouTubeに投稿することで実現出来ます。

昔なら20~30年掛けてようやく叶えることが出来た「希望」は、現代では1~2日で「希望」の仕事が出来るようになったのです。

ですがこういった世の中の変化を大人たちはなかなか理解出来ません。

自分が理解の出来ないものを嫌う大人たち

昔は縦社会の会社で定年まで働くことこそが幸せで、若い時は下積み時代を送り年齢とともに出世して行くことが常識でした。

なので、「好きなことで、生きていく」という考え方は上司世代にとっては理解できず、言わば非常識なのです。

上司世代に現代の若者の考え方が理解されないのは、実は日本の企業だけではありません。

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例として、WHO(世界保健機関)が「ゲーム障害」を疾病に加えたことがあります。

ここで言うゲームとはビデオゲームのことです。

ゲーム障害の症状として
・ゲームをする時間や場所などに対するコントロールの欠如
・日常生活よりも、ゲームを優先してしまう
・悪影響があるにもかかわらず、ゲームをやめられない
というものを認定しています。

ゲームに夢中で寝る時間を削ったり、ごはんを食べ無かったり、仕事中にもゲームをしてしまったりと健康被害や社会的損害を及ぼす病気であるとしています。

しかし没頭するほど好きなことをして極めていることが病気なのでしょうか?

遊びと言われることに熱中して極めたことで成功した人は大勢います。

スポーツがその代表です。スポーツを子供がしていたら、それは遊びです。

スポーツの練習途中に怪我をしたり無理をして身体を壊したりすることは昔からあります。

ですがスポーツが好きで極限まで練習をして極めた人がプロスポーツ選手となり、会社員よりも何倍ものお金をもらえるようになる成功者となっています。

これは好きなことを極めたことで好きなことで生きている典型的な例です。

これが現代ではゲームにも同じことが言えます。

現在ゲームは「eスポーツ」という名前で呼ばれ、頭を使ったり一瞬の判断力などが求められる競技としてオリンピック種目に入れるか協議が行われているものです。

オンラインゲームシェアのトップを誇る韓国ではプロゲーマーという職業があり、ファンも集まり会場でゲームの対戦をすることで一般の会社員よりも多くお金を稼いでいます。

ゲームでも当然極める過程にはスポーツと同じく生活や健康上に支障が出ることもあると思います。

しかしスポーツで体を壊したことは美談として語られ、ゲームで体を壊したら冷たい目で見られます。

なぜスポーツは良くてゲームはダメなのでしょうか?

スポーツは身体を動かしているから健康的であり、ゲームは身体を動かさないから不健康であるという理論も通じません。

なぜなら昔から囲碁、将棋、チェス、麻雀は遊びであり、プロもいます。これらは身体を動かさないボードゲームです。

結局のところ上司世代は自分たちの固定観念から脱出できずに理解できないことを嫌っているだけなのです。

そもそも仕事ってナニ?

上司世代の人たちが固定観念から脱出できないのは、そもそも「仕事の本質」を理解していないからです。

「仕事の本質」とは、他人にとって時間やお金を使う価値のあることをすることです。

平日の朝から夕方までの8時間、会社で働くことだけが仕事ではありません。

8時間働くというのは、その8時間の労働力に対して給料を払う価値があると会社が判断してお金を使っています。

先ほど挙げたスポーツ、ビデオゲーム、ボードゲームの例でも、その競技やゲームの内容をお金を使ってでも観たいと思ったり、その人自身の集客能力に魅力を感じて会社がスポンサーになりお金を使います。

例えばあなたが、100m全力疾走したところで誰もあなたにお金を払わないでしょう。

ですが陸上競技の短距離走のウサイン・ボルトが走ったらどうでしょう。彼の100m走は、お金を払って時間を使ってでも観たいという世界中の人たちがオリンピック会場に足を運び、熱狂したのです。

またYouTuberは動画やチャンネルの集客能力の多さに魅力を感じて企業が広告を出し、お金を稼いでいます。

こう考えれば、日本1億2000万人や世界80億人の誰かがお金を使いたいと思えば仕事になるのです。

好きなことが仕事になる時代

現代は好きなことが仕事になる時代です。

先ほどのウサインボルトの話で言えば、努力だけではなく身長、足の長さと言った生まれ持った才能も必要になってくると思います。

しかし世界一になれなくても好きなことを極めればファンが集まり、それが仕事になるのです。

それは科学・産業・サービスの発展により「好きなことで、生きていく」の参入障壁が下がったからです。

前の部分でも解説しましたが、動画の配信はテレビ局でなく個人で行えます。新聞社、雑誌社、出版社で働かなくてもブログで文字や画像を発信できます。

昔は、情報が閉鎖的でその団体に所属して気に入られないと情報の入手が出来ませんでした。またそもそもその人脈を親が持っていなければ、団体の所属すること自体出来なかったものもあります。

しかし今はインターネット上に情報がいくらでもあります。人脈もSNSの発展により簡単に広げられます。

正しい情報を入手し好きなことを極め、YouTubeやブログなどで発信すればファンが集まります。

そして人脈を広げれば、お金を払いたいという人や、マネタイズしたいという人も現れます。

個人でも好きなことに没頭し極めて発信すればファンが出来て、仕事になる時代なのです。

「好きなことで、生きていく」は新常識

「好きなことで、生きていく」というのは、昔は平凡な人には出来ないことであり、非常識でした。

ですが社会の発展により現代においては常識なのです。

それは、一家一台の固定電話、から、一人一台の携帯電話、に常識が変わったように。

日本においては保守的な人が多く新しい文化や考え方はなかなか受け入れられません。

しかしそういう時代になっていることは事実です。

繰り返しになりますが、

「好きなことで、生きていく」≠「仕事をしたくない」

「好きなことで、生きていく」=「仕事をしたい、希望をかなえたい」という前向きな考え方です。

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